ようこそ、富永法律事務所に。「わかりやすく,迅速,丁寧,誠実に」がモットーです。

bougen21

東日本大震災,熊本地震の被害者の皆様に深甚のお見舞いを申し上げます。

2016-09-12 (月) 16:10:18更新しました。

「暴言」報道の真実 その2

 支部事件の状況等

 その支部では,少年事件を私ほか2名の裁判官で3分していました。ただ,他の2名は,特例がついているか否かの違いはありましたが,いずれも少年事件を担当するのは初めてでした。

 裁判所は,いかなる理由か,初体験を支部でさせようと考えがちです。ただ,支部には十分な資料もなく,事件数の割りに裁判官の頭数も足りず,特殊な支部を除けば,概して事件の最前線で,初体験とてたじろぎがちな者ばかりを配置されては,他の裁判官には迷惑このうえありません。
 特に,3分の2が初心者なのですから,気が気ではありませんでした。
 著名な再審無罪事件の多くが支部事件であることが,このような事情の有力な裏付けと言えるでしょう。改善の必要は高い。が,変えようとしません。

 少年の身柄付送致が9件でも,3件(=9÷3)なら,さほど大したことはありません。しかし,期日がギチギチに入っているところで,1人で9件(1件最低1時間。合計9時間以上。証人尋問が必要となれば,更に増加)を担当するとなると,話はだいぶ違ってきます。

 世の中には,「裁判官はまじめ」との評価もあるようですが,若手裁判官からベテラン裁判官まで,いくらか遠慮して小理屈を付けるか,部総括であることをかさにきて,「僕はしないから,できないから」とだけで,それも付けないかの違いはありますが,いずれにしても,隙さえあれば,内規等で本来自分がすべき仕事を,他人に押しつけて楽しようと虎視眈々とねらっているのが,残念ながら,実情です。
 その事件が起きる前,特例判事補が,生意気にも,私に,「協調性について,どのようにお考えですか」などと問うたことがありました。「定義ですか? 『協調性』を定義するなら,ある集団内の人々が,各々己のなすべきことをきちんとなした後に生ずる,連帯感等,うるわしい人間感情と定義できるでしょう」と答えました。特例は,浅知恵を見透かされたと感じてか,「ワッハッハ」と笑っていました。

 その数年前の少年法改正で,16歳以上の少年による殺人・傷害致死事件等に関する原則逆送規定が設置され,その事件の少年らの年齢や罪質からも逆送の可能性は高いと思われました。
 結論を御記憶の方もおいででしょうか。最終的には,全件が逆送となりました。15歳何か月かで16歳未満の少年もいましたが,その所為は,16歳以上の少年より凶暴で,区別の必要がありませんでした。
 そうしたところ,地検支部が事件を地検本庁に回付しました。
 結局,刑事事件としても地裁支部の手を離れましたので,私以外の2人が少年らを担当しても問題は全くなかったのでしたが,回付は事前に予想できず,逆送・起訴で,私以外の2人が陪席裁判官を務める合議体(裁判長は支部長)が審理することになるかと私は考えてしまっていました。

 罪名や事案に恐れをなしたか,事件受理後早々,特例が「違法ではありませんが,刑事裁判の原則である『起訴状一本主義』からは,後に刑事裁判を担当するかもしれない(※)我々は,少年事件裁判官としても,少年らを担当していない方がベターでしょう」などと言い,この繁忙状況(※※)からは,「一件記録を3人で回し読むのは非効率じゃないですか」との観念も無視しがたく,「9名全員をおひとりで担当していただけませんか。」との,厚かましい提案を承諾しました。小理屈をひねってでも事件を避けようとする特例への若干の憐憫,1人で処理すれば,審判での供述内容も含め,事件や少年らの全貌を把握することが出来,それぞれの行為に対する統一的段階的処理が可能になるという考慮もありました。

※ 地検支部が回付したことを知った後,特例に,「回付されましたね」と言ったところ,「当たり前じゃないですか。あんな事件ここでやれるわけないでしょう」との答であったのには驚かされました。通常の社会人なら,こちらが何も言わないでも,「大変なご無理を申し上げ,また,お手数をおかけしてまことに申し訳ありませんでした」と頭を下げるところでしょう。老若を問わず,驚くほど非常識な裁判官が相当に多いです。

※※ ただし,本務の家事審判・調停のかたわら,兼務の地裁刑事単独事件を年間500件程度担当するなど,最も繁忙を極めていたのは,実は私です。着任当初,刑事・少年を担当して,七,八十件の判決未済を来した(このため,やむをえず私が刑事に替わりました。)特例には十分わかっていたはずです。

 更に,すでに家事事件や刑事事件等の期日が指定済みの中で,突如として9件の少年事件を一日,は当然無理として,二日(※※※)で審判しなければならないことになった訳ですから,他との期日調整や様々な事前準備など,その繁忙さは並大抵ではありませんでした。

※※※ 逆送決定で,即時に少年の勾留(新聞用語は「拘置」)が始まります。勾留期間は20日です。検察庁としても処理の必要があり,1日も無駄にしたくないため,少年の身柄送致,及び,その日におこなった審判調書を含む事件記録の送付を直ちに求めてきます。

 書記官も,審判調書等作成の必要があるのですから,通常なら優に二,三人で取りかかるべき事件です。が,私に事件が集中したためか,私の係書記官が1人で担当させられ,相当にお大変で,お気の毒でした。
 元来,裁判官の事件担当と書記官とを連動させる必要はありません。殊に,こんな事件は,黙ってても,主任や庶務課長が手伝うべきものです。
 後日談ですが,その書記官は,簡単に不平等な事件処理体制になる職場風土に嫌気がさしてか,その翌年,辞職して法科大学院に進学しました。卒業後,見事司法試験に通り,現在は弁護士としてご活躍です。司法修習生時代の彼に会った際,「君は今や伝説の人だろう」と申し上げました。
 
 私に事件が集中し,他係の書記官に比べて私の係書記官が労働過重になるという現象は,その後の転勤先でもあり続けました。
係書記官の人々がお気の毒ですし,法科大学院を目指す書記官が増えても裁判所が困るだろうと考え,せめて春夏秋冬の飲み会を盛大にと考えていました。
 が,他係がさほど催さなかったためか,かえって,飲み会の翌日など,係書記官の人々が,「昨日は但馬温泉にでも行ったか」などと上司から嫌みを言われるようになり,気の弱い書記官はストレスから体調を壊してしまいました。
 格別,差別意識はありません。その上司は他係で,私の係の飲み会に誘うのも,何か勢力拡張を図るようで妙だろうということです。どうすべきだったのか,未だにわかりません。
 
 このような次第で,私は。9名全員の審判供述状況を知り,概要の記憶は現在もあります。(この頁トップへ,この項目のトップへ)

 周辺的事情

 
 事件を一人で担当することになって,共犯少年の1人は,何と,前々年の事件にも関わって少年院送致になり,少年院を仮退院中,再びその事件に関わったこと,一方,前々年の事件当時,すでに,少年法が改正され,原則逆送規定が設置されていたにもかかわらず,リーダー格の少年までもが逆送されず,少年院送致で終わったことを知りました。 
 いずれにも驚かされました。「だから,この事件が・・・。」と思いました。
 少年法改正が,少年裁判官達による少年審判の運用方法に対する,国民からの痛烈な批判であることに思いを致さない裁判官が多過ぎるように思います。
 国の刑事政策として一定の方策が定められたのであれば,当然,それに直ちに従うのが裁判官であるべきです。

 「今のやり方だと,少年達が殺されて困ります。これ以上殺されないように,こういうやり方に変えて下さい」と国民が言ったのであれば,裁判官は,「分かりました。そう致します」と答えるのが普通です。
それを,「いやいや,そのやり方は,今までの私どものやり方と違います。変えるには少し時間をいただきます。その間に,なお,ひとりかふたり殺されるかもしれませんが,その場合はやむを得ない犠牲とお考え下さい」などと答えるのは,どう考えても異常です。

 被害弁償も全くされていない,前記のような前々年の傷害致死事件で,逆送を否定すべき事情などありえなかっただろうにと思いました。(この頁トップへ,この項目のトップへ)

 審判の状況等

 このような状況から,傷害致死事件の再(々)非行防止には,関係した暴走族の解散,背後の暴力団との関係からこれが困難であれば,少なくとも少年らの離脱が必要であると痛感しながら,各少年審判に臨みました。9名の内7名はすでに離脱し,あるいは,まもない離脱を約束しました。  
 Aは,事件後早々に総長を辞めており,「シメろ」と言ったのは,下の者ら周囲の雰囲気に応えてそう言っただけで,自分はやりたくなかった,事件時も残業で臨場できず,Bに頼んだくらいである,既に暴走族を引退し,やめたなどと供述しました。Aに言われて臨場し,事件後はさっさと逃げ出しながら,懲りることなく,Aを継いで総長になったBすら,暴走族活動を反省した,暴走族をやめると言いました。
 ところが,現場で実際にV君を殴打・足蹴にしたGないしIの内2人(誰かは忘れました)は,やめることを考えていませんでした。

 この2人の少年や保護者の心理が理解しがたく,少年法に則り,その気持ち等を丁寧に質問しました。
 1人の少年の実父は,少年時,自らも暴走族に入っていた,もっとも,少年の実兄が暴走族に入ったと聞いた時は,迷うことなく直ちに上に言ってやめさせた,しかし,少年は進学や就職もできなかったので,せめてもの行儀見習と考え,暴走族活動を容認したと言いました。
 実父の言う「行儀見習」の意味内容,暴走族活動でなにゆえにそれが可能と考えたかを問いました。先輩後輩の人間関係の尊重,すなわち,暴走族では先輩を敬うことが徹底しているというのが答えでした。

 更に怪訝に思いながら,暴走族という反社会的集団の人間関係を尊重すれば,当然に反社会的行動に出る,そう考えたからこそ,実兄をやめさせたのではないか,少年にも同様に対処すれば,重大な本件非行は起きなかったのではないか,その点をいかにお考えか,また,今後,少年を同種の重大な再非行に及ばせないためにどう指導なさるのかと問いました。

 しかし,重大な死の結果が生じているにもかかわらず,暴走族活動への愛着か,二児をともに暴走族から離脱させることへの何らかの評価を嫌ってか,離脱に消極な発言が続きました。他の1人の実母も,離脱のため関係者にかかわるのが面倒臭いような供述態度でした。

 結局,その2人の少年及び保護者に対しては,暴走族というものの活動実態や社会的評価を卑近な例を用いて説明し,慎重な考慮と早々の離脱を強く促して審判を終わりました。内1名には付添人が選任されていましたが,付添人自身も私の説明説得にうなずいておいででした。
 
 記憶している発言内容は,「行儀見習と思って暴走族をやめるよう言わなかったということですが,論外と思います。」「役に立たないものの例えに『犬の糞』という言葉があります。犬のうんこです。もっとも,犬のうんこは肥料になるかもしれませんが,暴走族は騒音をまき散らし,交通の危険を生じさせ,更に,このような事件を起こすなど,社会にとって何の役にも立たない,産業廃棄物以下の存在です。」「暴走族の背後には暴力団もおり,暴力団の少年部と言っても過言ではありません。お父さんの時代とは大きく違っています。」「一日も早い離脱を強くお勧めします。」などです。
 「糞」を「うんこ」と言い換えたのは,少年が「いぬのくそ」の意味が分からないような表情をしたからです。

 真実は以上のとおりです
 
 仮に,私が容易に暴言を吐く裁判官で,人を死なせた暴走族構成員に対し,「お前は産業廃棄物以下だ」と怒鳴っていたとすると,9人の内なぜわずか2人のみしか怒鳴っていないのか説明がつきません。
 
 また,以上の諸事情からすると,最もけしからぬのは,やはり,当時総長であったAでしょう。Aの命令で,構成員らはV君を探し回り,「最後のシメ会」現場に集まっているのに,自分は,「最後のシメ会」とて従前よりは手ひどいものになることを予期してか臨場せずにBを行かせ,事件を知るやさっさと自分だけ暴走族を辞め,審判で,「ボクは,本当はシメたくなかったんです。下の奴らがシメたいような顔をしていたんで,つい『シメろ』と言ったんです。」などと言ったのですから。
それでも,私がAを怒鳴り付けたという報道はありませんでした。そのような事実がなかったからです。更にBも,その下のCも怒鳴られたとの報道はありませんでした。もちろん,そのような事実もなかったからです。
この頁トップへ,この項目のトップへ)

 誤報内容等

 逆送から数か月後,友人から少年事件で裁判官が少年らを面罵した旨の新聞報道がされているが,相当に酷い事件だったのであろう等というメールが届きました。私の購読紙は日経でした。
 聞くところでは,3名共犯事件の内2名を「おまえ達は犬のうんこ未満,産業廃棄物以下」と罵倒した旨の報道ということでした。

 「3名共犯」がわかりませんでした。その後,支部庶務課長からも問われ,色々聞いて,その事件と分かりました。9名の内2名が怒鳴られたではつじつまが合わないので,3名にしたのでしょう。
 同課長には「関係者はもっと多かったですよ。人を死なせながら,暴走族を続けそうな少年がいたので,『暴走族は犬の糞に劣る存在です,一刻も早く辞めなければなりません』とは言いましたが,『お前らは産業廃棄物以下だ』とは言っていませんよ。」などと説明しました。

 しかし,本庁刑事部に事件が係属していたためか,支部の発表は,審判状況を知り得ないというだけで,私の説明には触れませんでした。
 しばらく考えましたが,不真実が流布するのは良くないと考え,支部長を通じて文案を見ていただき,「声明文を用意しました,詳細は支障があると思いますが,少なくとも『報道内容は真実と異なる』程度は発表したいと思います。」と家裁所長に希望しました。が,裁判所の報道対応手続に「裁判官の声明発表」などないと断られました。

 多数の友人知人から心配の連絡をいただいていましたので,事件係属中のようでしたが,概括事情を説明した年賀状を数百枚印刷,発送しました。
 誤報でしたが,その結果,地元住民の方々に暴走族の危険性を御理解いただいてか,また,危険を感じた保護者らにおいて,暴走族に加入していた少年らを真剣に説得してか,その地域の暴走族数団体が解散・消滅したと聞き,当初の目的は達したとの思い,及び,少年事件でもあり,もはや誤報性を喧伝するまでもないかと考え,放置して今日に至りました。
 
 ただ,支部から離れ,数年も経過して当時の少年らも成人に達したであろうことなどから,報道を記憶する人々から尋ねられた際には,完全な誤報であると説明していました。(この頁トップへ,この項目のトップへ)
 

 総括

 以上のとおり,私が暴言を吐いたとの報道は明白な誤りです。私こそ,誤報による被害者というべき者です。
 ただ,裁判部内では,いくらか説明し,発表を希望した声明文も当局に渡して,その骨子は書面で釈明できたと思われたこと,少年事件でもあったこと,結果的に,暴走族のすさまじい実態への御理解をいただき,解散させたいとの思いも一部は達せられたと感じたこと,及び,職務上の責任感から,誤報を直ちに,かつ,公に訂正できなかった無念を飲み込み,耐えて参っただけです。

 「裁判官は弁解せず」という法律上のことわざがあります。ただ,これは,判決・決定に対する無理解や誤解につき,そんな表現をした裁判官に自制を求め,かつ,表現の適切化を促す趣旨でしょう。
 少年法の趣旨から,裁判所が審判内容を一切公表しないことを幸いに,審判状況をねじ曲げて主張するような弁護方法は邪道というほかありません。
 そのような邪道を放置しては,この国の少年司法を揺るがせ,事件の凶悪化を招きかねないでしょう。
 裁判所が,国民の生命・身体・自由・名誉・財産をまじめに守るというのであれば,そのような場合の報道対応手続きには一考を要すると思います。(この頁トップへ,この項目のトップへ)
  
 

a:4961 t:3 y:3

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional