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bougen11

東日本大震災,熊本地震の被害者の皆様に深甚のお見舞いを申し上げます。

2016-09-12 (月) 16:09:30更新しました。

「暴言」報道の真実 その1

 はじめに

 7年前,私が審判で,少年らを「犬のうんこ未満,産業廃棄物以下」と面罵した旨誤報され,私の声明発表希望も叶わなかったため,それが暴言か否かなど,全く的外れの騒ぎが起こりました。
 もっとも,各メディアそれぞれの記事の末尾には,いずれも,「裁判所は,暴言の存否を含め,回答できないとした」と付記があります。この付記は「この記事は,取材源が少年の弁護人や父親だけだから,一面的で不真実かもしれませんよ」との注意書きです。
 それなりの見識のある方々には,そのように理解していただけているだろうと思っていました。現に,そのような見識を披瀝する投書をお寄せになった多くの国民の方々もおいででした。

 ところが,このような一面的な報道を真実と思い込んでいたのでしょう,本年,私が「手を挙げる」にあたり,そのような記事を参考にした主張がなされました。

 相当前のできごとで,かつ,退官に伴い裁判室から引き上げて来た関係専門書等の荷物で書斎・書庫はまさに混沌でしたが,性分から,当時,誤報と多くの知人に連絡した年賀状の内転居先不明で戻った分や参考入手した一部少年に対する逆送後の刑事判決写も保存しており,書斎・書庫等を精力的に捜し続けたところ,短期間で何とか見つけ出せたこと等の幸運に恵まれ,また,深甚の的確な御指導もいただき,A4版裏表で五十数枚に及ぶ,指摘の諸点につき,正確,かつ,極めて詳細な反論が提出でき,御理解にも恵まれ,何とか乗り越えられました。

 しかし,考えれば,古記事探索も,一昔前まではやや大きめの図書館に出かけて新聞縮刷版をめくる等手間暇のかかる作業でしたが,今日では,所要の費用・手続で各ウェプサイトから容易に入手可能です。とすると,今後もいつ同様の事態が再燃しないともかぎりません。こういうような時代に,古き良き時代の法諺(「裁判官は弁解せず」)にとらわれて誤報を漫然放置していては,今後の私の弁護士業務にも支障を来しかねないとの危惧もふくらみます。

 国家公務員法100条は,退職後の守秘義務も規定しておりますが,すでに事件から7年程度経過して少年ら(当時)も成人に達したこと,少年らの氏名等は依然秘匿されていること,私が,今回,現実に不利益を受けたこと等からして,このような文章の掲載は,緊急避難として当然許容されるところと判断します。
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 まえおき 

 その地では,その前々年にも少年が一人殺されていました。
 被害少年は,2月のある夜,人気のない川辺で,集団からパンツ一枚になるよう強いられ,殴打・足蹴にされて意識不明となり,ずぶ濡れのまま中州の岩の上に放置された。逃げ去った加害少年らは誰ひとり,110番はもとより119番通報さえもしなかったため,夜明けごろ,全身打撲による疲労と寒冷による衰弱で凍死した,加害少年らは傷害致死の処分を受けたとのことでした。

 しかし,傷害致死は,故意犯たる「傷害」+「過失致死」です。
 死因からも,119番通報で早期に医療的処置が講じられていれば,重くても「全治4週間程度の全身打撲」で優に救命できたはずです。一方,街灯のある道路上ならともかく,河川敷からして真っ暗なところ,しかもその中州ではなおさら放置された被害少年に気づく人など皆無ですし,オーパーまで着込んでも寒い2月の深夜,パンツ一枚で,かつ,ずぶ濡れであった等々の状況からすると,任官2年目に起案した飲食店従業員不作為殺人の判決を思い出すまでもなく,傷害致死(過失致死)はないだろう,不作為殺人だろうとの印象を禁じ得ませんでした。

 ところで,この種凶悪な集団犯罪に出た少年らと審判で対峙して驚くのは,その弱々しさです。魚に例えればさしづめ「メダカ」です。魚のメダカは集まってもメダカですが,メダカ少年らは,集まると突如「サメ」に変身します。「サメに変身するメダカ」として対処するほかありません。
 また,その行いの社会的評価のありようを,正確に,誤解しないよう理解してもらわなければなりません。
 「君の非行は,本当は殺人,『ひとごろし』だが,送致は『傷害致死』にしておく。少年院に行くかもしれないが,一生かけて自分のしたことをつぐないなさい。」などとしては,少年に正確な理解は困難でしょう。
 「『本当はひとごろし』なら,なぜ,「殺人」で送致しないんだ」と思うでしょう。当然です。

 また,中には「一生かけてつぐないます」と口にする少年もいます。念のため,「『つぐなう』とはどういう意味ですか」と尋ねると答えられません。意味を理解せず,オウム返しに口にしているだけだからでしょう。
 「『つぐなう』というのは,『損害がなかったようにする』ということです。『一生かけてつぐなう』とは『一生かけて○○君が死ななかったようにする』という意味になります。どうやって『○○君が死ななかったようにする』んですか」と尋ねると,やはり黙ってしまいます。

 この事件は,着任後しばらくして担当した,少年事件ではなく家事事件を通じて知りました。更に驚くことに,被害者を死亡させたにもかかわらず,遺族への被害弁償は加害少年ら及びその家族らの誰からも全くなされていませんでした。
 随分と凶暴,かつ無責任な集団が活動している地域だなとの印象を受けました。
 こういう地域でこういうことでは,遠からず,また同じような事件が起きるだろうとの予感がわき上がりました。
某家裁支部で「予言者」と仇名されていましたが,私の予感は当たります。そして,やはり起きました。
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 事件のあらまし

 
 その地には,構成員が十数名で,「ケツモチ」と称する暴力団のチンピラが付き,この者に毎月金銭を支払うため,構成員から金銭を徴収するという暴走族がいくつか活動しておりました。
 
 その中の一つに入っていた被害少年(V君)が,「集会」と称する共同危険行為のほか,「集会」で総長が殊更目立つよう,総長のいわゆる「族車」に鉄パイプ等を取り付けた上,これらに照明を付けて飾る等々の作業のため,夜間集合をかけられること(「夜会〔よるかい〕」と称していました)に嫌気がさし,夜会を度々サボるようになりました。

 そうしたところ,他の構成員らから,自分達も喜んで夜会に出ているわけではないのにとして,白眼視されるようになり,度々リンチ(「シメ会」)を受けるようになったため,ついには暴走族からの離脱を考え,口にするようになりました。

 ところが,暴走族では,やめるには「最後のシメ会」を経なければならないとされています(無論,やめさせないためです)。V君は,話に聞く「最後のシメ会」の激烈さを恐れ,やめたいが「最後のシメ会」は受けたくないとの心理から,「やめるなら『最後のシメ会』を受けろよ」として,これに引き出そうとする暴走族構成員らから逃げ回っていました。

 しかし,暴走族構成員らはしつこく,V君の家の様子を代わる代わるに見張り,V君が家に入ったのではないかと思われた場合など,家人の制止も無視してV君の家に入り込んで家捜しするなどのことまでするようになりました。
 そういう状況を家族から聞くなどしたため,家族には迷惑をかけられないとの思いから,V君は,意を決して「最後のシメ会」を受けることとしました。

 配下の構成員から状況を聞いた総長の少年A(18歳)は,「最後のシメ会」の場所と時間を決めること,構成員らを集めてシメることを指示しました。しかし,その後,いよいよ場所と時間が決まるや,自分は残業があるとして,その場に行かず,副総長のBに行くよう指示しました。Bは,その時,友人と自動車で目的もなく諸処を徘徊していましたが,Aの代わりに現場で指図ができることに快感を覚えて承知し,臨場しました。

 「最後のシメ会」は,離脱を考えがちな構成員らに対する見せしめの目的もあるため,特攻隊長のCが,殊更に,V君と同年齢(「タメ」)のG,H,Iの三名を,「オメーらがタメだからよぉ」として実行者に選び,それぞれが順番にV君の全身を殴打し,足蹴にすることを繰り返しながら,約1時間にわたり続きました。
当初はV君も応酬するなどしていましたが,三対一ですので,疲労と苦痛で次第に応酬できないようになり,一方的リンチの様相を強めて行きました。

 その間,Gらが手加減をしている気配が見受けられた場合には,周囲を取り囲んだ先輩達が口々に「オメーらが手加減すると,オメーらがシメられるよ」などと言い,また,疲労と苦痛で何度かV君が地面に倒れて動かなくなった時には,Cが髪の毛をつかんで顔を上げさせ,携帯の明かりでV君が目を開けてキョロキョロさせると,「オーッまだやれるじゃねぇかよ」などとして両脇から抱えて立ち上がらせ,Gらに殴打等を続けさせました。
 ただ,こう書くと,G~Iが無理矢理やらされていただけとの印象を与えますが,そうではありません。Vが夜会に出てこなかったからシメなきゃならなかったし,離脱しようとしたから,タメの俺らがこんな事させられるとのいらだちの念や怒り,更に,殴打する時に受ける痛み等で,G~I自身もV君への怒りを催していたことは否定できませんでした。

 そして,「最後のシメ会」の開始から約1時間後,転倒したままのV君の後頭部を,G~Iの誰かかかかとで思い切り蹴ったところ,V君が,「ウッ」という声を発して身動きをしなくなりました。
 周りでワイワイガヤガヤと激しいヤジを飛ばしていた構成員らも,異様な気配に気づいてか,無言になりました。Cが髪の毛をつかんで顔を上げさせましたが,もはや目を開けることもありませんでした。
 
 副総長のBは保護観察中でした。保護観察中に再非行に及んだ場合は少年院送致になるということを知っていたBは,事態を察するや,照れ隠しに,「俺がこんなところにいては,まずいんでないの」などと軽口をたたきながら,さっさと現場から立ち去って行きました。
 残されたCらはしばらく呆然としていましたが,ケツモチに電話することを思いつき,Cが電話して善後策を相談しました。
 ケツモチは,「バカヤロー,水をかけてみろ水を,意識が戻らねぇか。」「脈を見てみろ脈を,脈がなきゃ死んでるぞ。」などと電話で叫び,Cが配下に指示してやらせましたが,意識は戻らず,脈もありませんでした。

 Cは,救急車を呼んではどうかとケツモチに伺いをたてました。ケツモチは救急車を呼ぶと警察に連絡されると答えました。Cがどうしたらいいかを尋ねると,ケツモチは,「お前らが『通りかかったらVが地面に倒れていた。気付けに水をかけた』と言うしかねぇだろう」と答えました。

 Cらは119番通報し,臨場した救急隊員には,ケツモチとの打ち合わせ通り説明しました。救急隊員は,事故でなく事件の可能性もあると判断し,警察に連絡しました。
Cらは,臨場した警察官にも同様の説明をしました。が,それぞれを個別に取り調べ,殊に,G~Iの両手の甲と掌の負傷状況等から,リンチが推測されると告げたところ,Gらは非行を自供しました。そして,事実関係が明らかになったことから,Aなど合計9名の少年は,身柄付で家庭裁判所に事件送致されました。
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