ようこそ、富永法律事務所に。「わかりやすく,迅速,丁寧,誠実に」がモットーです。

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東日本大震災,熊本地震の被害者の皆様に深甚のお見舞いを申し上げます。

2019-07-15 (月) 23:51:21更新しました。

はじめまして

ようこそ!
富永法律事務所(所属埼玉弁護士会)

当サイトは,2010/09/11に買い求めたいわゆるHP作成ソフト(QHM)を使い,骨格を作り上げた
09/13に立ち上げ,その後も,QHMの技法を修得しては改良し,情報も追加更新しています。

立ち上げから昨日までに御来訪頂いた方々は,札幌~那覇の国内並びにペロタス,リオグランデ,ベロオリゾンテ(Belo Horizonte),サルバドール,リオデジャネイロ及びサンパウロ(ブラジル),北京及び成都(Chengdu 中国),ハイデラバード,ヴィジャヤワダ(インド),香港,シュヴァツィンゲン及びベルリン(独),ハノイ(ベトナム),バンドン,スラバヤ,ジェンバー(インドネシア),ユトレヒト(オランダ),ブリュッセル,ルーベン及びボルゲルハウト(ベルギー),ケンブリッジ,ワシントン,シアトル,フォートスミス,オクラホマシティ及びロサンジェルス(米),ウランウデ(ロシア),バランキラ(Barranquilla コロンビア),キシナウ(Chisinau モルドバ),プラハ(チェコ),マラカイボ(Maracaibo ベネズエラ),ローマ(イタリア),アレキサンドリア(エジプト),オスロ(ノルウェイ)並びにベオグラード(セルビア)から延べ78843人です。
心からありがたく存じます。
空空空空空空空空空(頁毎の訪問者数の多寡は,カウンター設定時期が前後したなどのためです。)

google様には登録申請させていただくとともにmapやanalyticsなども無料で利用させていただ
き,yahoo様には申請未了ながら,その社会的有用性を御理解いただいてか,当事務所を検索
エンジンで検索可能にしていただいております。いずれも重々感謝申し上げます。hhくくくくhhhh

弁護士の富永良朗です。よろしくお願いします。

1 21世紀になってそろそろ10年,街はずいぶんときれいになったところもあります。しかし,私達の暮らし向きは,依然,何か漠然とした,時にはっきりとした,不安を感じさせるものであり続けています。
 21世紀の美しい外観を一枚めくれば,20世紀よりもすごい姿が現れはしないか,それが隠されているだけ,事態は深刻化しているのではないか,時にメデイアが流す驚くようなニュースは,時々外観がめくれて現れる,隠された実態なのではないかなどと考えることがあります。

2 数十年前は,公害問題等が世間を騒がせていました。米国のラルフネーダー弁護士の活動が報道され,一方,日本で同様の活動をしていたような市民運動家が恐喝罪で逮捕などのことがあっていました。当時高校2年生でしたが,3年に進学する際に,文科系理科系の選択を迫られる仕組みで,自分なりに何とか社会を良くしたいと考え,実際,何ができるかはよくわからないまま,それには弁護士になることだと思いました。文科系を選び,一橋大学法学部に入学し,司法試験に挑戦し,司法修習生になりました。

3 修習生の間に,考えが少し変わりました。世の中を良くするには良い裁判が必要だ,それには,弁護士や検察官として色々主張し,証拠を提出することも大事だが,正しい判断をすることができる裁判官の存在が最重要なのではないか。きちんと記録を見,不十分なところは質問をし,何が真実かをきちんと判断し,法律を適用して裁判する,それが良い裁判・良い社会への道程だと。

4 こうして裁判所で30年間を送り,民事・刑事・家裁事件(少年・家事)をそれぞれほぼ10年前後ずつ担当して参りましたが,その間にまた少し変わりました。
 それは,1つ目は,殊に,刑事裁判が被害者救済にさほど役立っていないということ,2つ目は,民事裁判のテクニックが被害者救済の邪魔をしているということ,3つ目は,1つ目と2つ目の原因なのか結果なのか,多分両方だと思いますが,人々のあきらめの早さ,侵害された権利回復への意欲の薄さに関係します(この1つ目から3つ目について,詳しくは,富永良朗のブログサイトに書きました。興味のある方はそちらをご覧下さい)。

5 これらの思いに家庭の事情(※)も重なり,司法試験を目指した原点に戻り,弁護士として直接社会に働きかけようと決意しました。一言で言えば「私が」と手を挙げたということです。
  ※

 昼夜逆転の生活になった老母は,それまでも,未明から早朝にかけ,「誰もいない,誰もいない」とつぶやきながら家中を歩き回り,無言で家内や娘の部屋に入り込んで悲鳴を上げさせ,起きた私が「お母さん,三時だから,夜中でまだみんな寝てるんだよ」などと言って自室に戻ってもらうことがしばしばありました。トイレに行こうと思ってドアを開けると,母が無言で立ってて驚くなどのことは日常茶飯でした。
 それがひどくなり,未明や早朝に,裸足パジャマ姿で外にさまよい出,親切な通行人の通報で駆けつけてくれた警察官に送られて帰ってくるという事態が生じるようになりました。
 インターホンの呼出音に,今ごろ誰かと怪訝に思いながら通話ボタンを押すと制服の警察官が写る。何事かと玄関を開ける。すると「夜中,恐れ入ります,こちらのおばあさんですが・・・」「エッ」「お母さん,何やってんのよ」「すみません,母です。ありがとうございました」「不安だったのよ,ものすごく・・・」。
 その数時間後,「いくら不安が強くても,未明・早朝の出歩きは危ない」と説得しようと,「今日の夜中ね」と切り出すと,「私が,そんなことするもんですか」と強く言い返して来る。出歩いた記憶すらない様子に唖然。
 家内が専門医に聞いたところ,「一種の夢遊病のようなもので,記憶がないのは本当でしょう」とのこと。
仕方がないので,玄関の扉の内側に,他の家人にも面倒臭いが,母には開けられないような仕組みを取り付けました。

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6 社会には色々なこまり事があります。その中でも殊に法律問題は,様々な姿形を取りながら,重くのしかかってきます。
 後に書く略歴等から推測していただけるかも知れませんが,私が小学生から中学生ころにかけて,母が弁護士を頼んで,苦況を切り抜けたことが数回ありました。

(1) 一度目は,私が小学生で,父が交通事故で急死して一年位経った頃です。当時,私達は,父が経営する製材会社が所有する建物に引き続き住んでいました。
 というより,実際には,父が,自分で買った土地に自分で選んだ秋田杉で家を建てた。しかし,人には自分の死期も分からず,個人名義で登記すると個人に税金がかかります。節税のつもりで会社名義の登記をしたようでした。
 経営者が生きていれば,名義がいずれかは使用に関係ありません。ところが,もちろん,死ぬと明らかに違ってきます。父の部下達が社宅だとして,立ち退いて明渡すよう要求してきました。
 あの時,母が要求に屈して戦わず,立ち退きの条件闘争もせずに,立ち退いていたら,看護婦としての母や姉の給料も家賃等に当てられ,私は,法律家はもとより,奨学生制度があっても大学進学すら覚束なかっただろうと思います。
 母が拒否するので,父の部下達が「出る処に出ますよ」と言い放った。母は「どうぞ」と応じて弁護士を依頼したそうです。
 裁判では,生前の父の仕事ぶりや,突然の死以降の子どもらを抱えての生活苦等を語った。裁判官は,そのような母の目をじっと見ていたそうです。
 最終的には,相手方には立ち退き料200万円の支払と代わりの家を建てること,こちらには建物からの退去・引き渡しの和解案が提案され,母は,建物の材料は父が自分で選んで伐採した秋田杉であったことから,建物解体と使える木で少なくとも平家を建築することを求め,相手方が応じたので和解に応じました。事件後,弁護士には,「幾らお支払いすればよろしいでしょうか。」と尋ね,規定の成功報酬を支払ったそうです。

(2) 二度目は,私が中学生になった頃です。母に「2階を増築してアパートとして貸してはどうか」と言ってくる建築仲介業者(A)が現れました。
 母も乗り気になるような低廉な請負代金(α)であったのでしょう。話が進み,1階の屋根を取り壊すところまで工事も進みました。ところが,そこで,Aが突如行方不明となったとの連絡が建築業者(B)から入りました。
 Bが,「建築工事を続けるのなら,代金はβだ」と言って来ました。母は「Aとαで契約した,αでないと困る。」と主張しました。
 屋根がなくなり,シートがかけられてはいるものの,風の強い雨の日は雨漏りがする状態でした。中学生だった私も,雨の中を屋根に上り,めくれているシートを直したり,晴れている日にシートを買って来て,補強するなどしました。
 勤務を終えて帰宅した母が,疲れた顔で,「Bが『権利証を渡せ』と病院にまで何度も来る。今日も来たのよ。」「渡せば,この家,取られるよ」と言っていたのを覚えています。
 電話に出ると,相手がBで,「アンタのお母さんにはホントに困るよ」などと言うので,「母は悪いことは何もしていません。悪いのはAです」と言い返した覚えもあります。本当は,「悪いのは,アンタとAだろう」と言ってやりたかったのですが,その時そういう勇気までは出ませんでした。

 最終的には,弁護士を依頼して話し合いましたが,こちらは工事が中途半端で弱い立場,弁護士もαでとの交渉は困難と判断してか,βを幾らか下回る程度の代金で抵当権を設定することとして落着,母と姉が懸命に弁済してくれました。
 が,その後の工事方法を見ていると,驚いたことに,ポイントの一部の建築材料に,中学生の素人目にも「生木」と分かる木材を使っていました。
 帰って来た母に告げました。が,困った顔をするだけで無言でした。
 今から思えば,Aが本当に行方不明になったのかも疑問で,AとBは当初からグルではなかったか。βの値段でBが請け負うための計画的,巧妙な詐欺的手法ではなかったかとも疑われます。
 「世の中には悪党がいて善人を苦しめる」「それにしても,俺は無力だな」と中学生だった私は,痛切に思いました。

 
 御自分とお子様の人生のため,勇気を出し,戦うべき時は断固として戦うべきです。それが,この法治社会を良くするゆえんでもあります。私が,全力を挙げ,必要があれば新裁判例を作る意気込みでお手伝いします。
 
 弁護士に相談すべき問題か否か,迷われる場合もおありでしょう。いろいろな事情がからみ合っているのだと思います。何が主因か,法律問題か否か,その判断をするのも私の仕事です。とりあえず,この頁左メニュー下欄の電話,電話はちょっとという場合は,同欄上の「メールフォーム」またはアクセス頁一番下の「メールフォーム」で御一報下さい。

 法律の力を使って,からみ合った事情をときほぐしましょう。
そして,あなたの,また,あなたのお子様方の一度切りの貴重な明るい人生を,私がこしらえた明るい当事務所で,是非取り戻してください。

(「意見」・「経験」に属する内容は,「法律事務所」ウェブサイトにふさわしくないとの御指摘もあり,全て個人的ブログに移しました。)

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